WelCome You 0.1秒・1秒・10秒:応答時間の三つの閾値 – WaitingGeometry
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遅延

0.1秒・1秒・10秒:応答時間の三つの閾値

要点

  • 画面の応答時間には、体感の質が切り替わるおよその境目がいくつかあると古くから整理されてきた。
  • 約〇・一秒までなら即座、約一秒までなら流れが途切れない、約十秒を超えると注意が離れる、という目安が広く参照されている。
  • もっとも、これらは厳密な定数ではなく、作業の種類や利用者の期待によって動く。
  • 重要なのは数値そのものより、「どの遅延が体験のどの質を壊すか」を区別して設計することだ。

「読み込みが遅い」と一言で言うけれど、遅さにはいくつかの種類がある。ボタンを押した直後の無反応と、検索結果が出るまでの数秒と、動画が固まる十数秒では、不快の質がまるで違う。その違いを整理するための古典的な目安を、対話形式でたどってみたい。

問い。応答時間に、体感が変わる境目はあるのか。
答え。ある、とされてきた。コンピュータと人間のやり取りに関する初期の研究、たとえばロバート・ミラーが一九六八年にまとめた整理を下敷きに、ヤコブ・ニールセンが三つのおおまかな閾値として広めた。

三つの目安

問い。具体的には。
答え。一つめは、およそ〇・一秒。これより速く反応が返れば、人はシステムが瞬時に応えたと感じる。自分の操作が直接ものを動かしている、という手応えが保たれる。ボタンが押された瞬間に色が変わる、といった反応はここに収まる必要がある。

二つめは、およそ一秒。これくらいまでなら、人の思考の流れは途切れない。ただし〇・一秒のような「直接操作している」感覚は薄れ、わずかな遅れは意識される。ページ遷移や軽い処理は、この一秒の範囲に収めたい。

三つめは、およそ十秒。ここが注意を引き止めておける限界の目安とされる。十秒を超えると、人は別のことを考え始め、その作業から心が離れる。だから時間のかかる処理では、進捗の表示が要る、という話につながっていく。

定数のように見えて、定数ではない

問い。この〇・一秒・一秒・十秒は、いつでも当てはまるのか。
答え。そこは慎重に扱いたい。これらは物理定数ではなく、人間の知覚と注意のおおまかな傾向をまとめた目安だ。作業の種類によって、許される遅延は変わる。動画の編集で一秒待たされるのと、検索で一秒待つのとでは、期待がまるで違う。利用者がその処理にどれだけの時間を見込んでいるかによって、同じ遅延が許容にも不満にもなる。

一方で、目安が目安として有効なのも確かだ。少なくとも、〇・一秒級の即時性が必要な操作に一秒かければ手応えが失われ、十秒を超える処理を無表示で放置すれば人は離れる。境目の正確な秒数より、境目が存在すること自体が設計の指針になる。

遅延を、種類で扱う

問い。結局、何を覚えておけばいいのか。
答え。遅延を一つの量として扱わないこと。同じ「遅い」でも、即時性を壊す遅延、思考の流れを切る遅延、注意を手放させる遅延は別物で、それぞれ別の対策が要る。最初の二つは速度そのもので解くしかないが、三つめは速度を上げられなくても、進捗を見せることで体感を支えられる。

裏を返せば、応答時間の設計とは、すべてを速くする話ではない。どこに資源を割いて速くし、どこは速くできないと割り切って体感で補うか、という配分の話だ。十秒を超える処理をどう見せるかは、進捗バーの歴史スケルトンスクリーンと体感速度で引き続き考えている。

参考・出典

  1. Jakob Nielsen, “Response Times: The 3 Important Limits,” Nielsen Norman Group.
  2. Robert B. Miller, “Response Time in Man-Computer Conversational Transactions,” 1968.

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