進捗バーはなぜ嘘をつくのか
要点
- 進捗バーは、残り時間を正確に伝える計器というより、待ちに見通しを与える心理的な装置である。
- 正確に動くバーが必ずしも快適とは限らず、途中で止まったり巻き戻ったりする「正直なバー」は不安を生む。
- 一方で、滑らかに進む不正確なバーは安心を与えるが、終わり際で帳尻を合わせると裏切りに感じられる。
- 進捗表示の設計は、正確さと安心のどちらを優先するかという選択を含んでいる。
ファイルのコピー中、進捗バーが九十九パーセントで長々と止まる。あの苛立ちを知らない人はいないだろう。進捗バーは残り時間を教えてくれるはずの計器だが、しばしば当てにならない。なぜ正確に作れないのか。比べてみると、問題は技術の精度だけにあるのではないことが見えてくる。
計器としての進捗バー
進捗バーの効用を最初に体系的に論じたのは、ブラッド・マイヤーズが一九八五年に発表した研究だとされる。彼は、処理の進み具合を示す表示があるほうが、何もない待ちより利用者に好まれることを示した。理由は明快だ。先の見えない待ちは長く感じる。進捗バーは、あとどれくらいかという見通しを与え、処理が確かに進んでいることを保証する。それだけで待ちは耐えやすくなる。
ここまでなら、進捗バーは単なる計器だ。正確であればあるほどよい、と考えたくなる。ところが現実はそう単純ではない。
正確なバーは、なぜ不快なのか
実際の処理速度を忠実に反映するバーは、しばしばギクシャクと動く。速い区間では一気に進み、重い区間では長く止まる。残り時間の推定も、処理の中身に応じて伸びたり縮んだりする。この「正直なバー」は、見ている側に不安を与える。止まったまま動かないバーは、固まったのではないかという疑いを呼ぶ。残り時間の表示が増えるのは、約束を裏切られた感覚に近い。
一方、一定の速度で滑らかに進むバーは、たとえ実際の進捗とずれていても、見ていて安心できる。動き続けているという事実が、処理が生きている証拠になる。だから多くの実装は、内部の実際の進捗をそのまま見せず、ある程度均した動きに整える。バーは計器であることをやめ、安心を演出する装置に近づく。
嘘の引き受け方
もっとも、滑らかなバーにも限界がある。終盤で実際の処理が追いつかず、九十九パーセントで長く止まれば、それまでの滑らかさがかえって裏切りを際立たせる。逆に、終わりに近づくほど速度を上げて一気に完了させる演出は、「思ったより早く終わった」という良い驚きを残す。期待をわずかに下回らせるか、わずかに上回らせるか。進捗バーの設計は、この匙加減の問題でもある。
結局、進捗バーが嘘をつくのは、技術が未熟だからではない。正確さを取れば不安が増し、安心を取れば不正確になる。両立しない二つの要求のあいだで、どちらにどれだけ寄せるかを選んでいるにすぎない。正確な計器を求める発想からは、この設計判断は見えてこない。進捗を見せる以前の応答速度の話は応答時間の三つの閾値に、進捗バーを使わずに体感を支える手法はスケルトンスクリーンに続く。
参考・出典
- Brad A. Myers, “The Importance of Percent-Done Progress Indicators for Computer-Human Interfaces,” CHI, 1985.
- Jakob Nielsen, “Progress Indicators,” Nielsen Norman Group.