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押しても効かないボタン:制御感のデザイン

要点

  • 横断歩道の押しボタンやエレベーターの「閉」ボタンには、実際には信号や扉の動作に影響しないものが含まれていると報じられている。
  • それでも残されているのは、押すという行為が利用者に「自分が状況を動かしている」という制御感を与えるためだとされる。
  • 一方で、効かないボタンは利用者を欺く面があり、その是非は単純ではない。
  • 制御感の有無は待ちの体感を左右するため、ボタンは心理的な装置として機能している。

横断歩道で信号待ちをするとき、ボタンを押すと早く青になる気がする。エレベーターで「閉」を連打すると、扉が速く閉まる気がする。だが、その「気がする」は本当だろうか。効いていないとしたら、なぜそのボタンはそこにあるのか。対話の形で掘り下げてみたい。

問い。効かないボタンが、本当に存在するのか。
答え。報じられているところでは、存在するとされる。たとえば、信号制御が自動化された都市の横断歩道では、押しボタンが信号の切り替えに実質的な影響を与えていない例があると伝えられている。エレベーターの「閉」ボタンも、安全基準や保守の都合で、通常運転中は機能を絞られていることがあるという。

効かないのに、なぜ残すのか

問い。効かないなら、撤去すればいいのでは。
答え。そこが面白いところだ。残されている理由として挙げられるのが、制御感である。心理学者のエレン・ランガーが一九七〇年代に論じた「制御の錯覚」という概念がある。人は、実際には結果を左右できない場面でも、何らかの行動を取れると、自分が状況をコントロールしていると感じやすい。ボタンを押すという小さな行為は、ただ待たされる受け身の状態を、自分から働きかける能動的な状態に変える。

問い。それが、待ちにどう効くのか。
答え。何もできずに待つのは、できることのある待ちより苦しい。信号が変わるのを、ただ突っ立って待つのと、ボタンを押して「あとは待つだけ」と区切りをつけて待つのとでは、後者のほうが落ち着く。ボタンは、待ちに対する小さな手応えを与える。たとえ物理的には何も起きていなくても、心理的には待ちの質を変えている。

手応えか、欺きか

問い。だが、それは利用者を騙していることにならないか。
答え。その批判はもっともだ。効かないと知らずにボタンを連打する人は、ありもしない因果を信じ込まされている。設計者が意図的に偽の手応えを仕込んでいるとすれば、それは一種の欺きだ。利便性のための小さな嘘とはいえ、嘘であることに変わりはない。

一方で、擁護もできる。これらのボタンの多くは、もともとは機能していたものが、自動制御の普及や基準の変更で実質的に無効化された、という経緯を持つ。最初から騙すために置かれたわけではない。そして、撤去すれば「押せない」という新たな不便と不安が生まれる。残すことの害と、撤去することの害を秤にかけた結果として、効かないボタンが残っている面もある。

制御感という設計対象

裏を返せば、効かないボタンの存在は、待ちの設計が扱っているものの正体を露わにする。それは時間ではなく、時間に対する人の感じ方だ。制御感、見通し、納得。これらは物理的な処理速度とは別の次元にあり、しかし体験を確かに左右する。ボタンは、その目に見えない次元に働きかける、ささやかで両義的な装置である。

次に信号待ちでボタンを押すとき、それが本当に効いているのかは、たぶん確かめようがない。ただ、効いていようがいまいが、押した瞬間に少し落ち着く自分には気づける。その落ち着きこそが、このボタンが設計している当のものだ。制御感と納得が待ちをどう変えるかは、待ち行列の公平感進捗バーの歴史とも地続きの問題である。

参考・出典

  1. Ellen J. Langer, “The Illusion of Control,” Journal of Personality and Social Psychology, 1975.
  2. 横断歩道の押しボタンやエレベーターの「閉」ボタンの機能に関する報道。

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